21世紀を迎えて1年が経過して何かが変わっただろうか。変わったとして、では変わったということは何を意味するのだろうか。20世紀から21世紀へと跨ぐことで何かが変わることが期待されたのだろうか。この一年、こうした問いから恐らく多くの人たちは逃れようとしてきた。新しい世紀を迎えた胸の高まりやおののきをマスメディアも演出することに失敗した、いやそもそもその意欲すら最初から失せていたことを、私たちは1年を経てもはや思い起こすことさえ出来ないでいる。  
坪井 秀人
 


20世紀の終わりに向けてかつて様々な終末の預言が流言のごとくに蔓延した時期があった。もちろんそれは実現しなかった。いやたまたま実現しなかっただけで、いつこの地球に終末が訪れてもおかしくないことは小さな子供でも知っている。地球環境の悪化を説く言説は新聞やテレビ、教科書や広告から地方自治体のゴミ収集の広報に至るあらゆる領域に氾濫して、それが反論を許さぬ全く〈正しい〉言説であるがゆえに衝迫力を失ってしまっている。この場合恐ろしいことに〈正しい〉言説は往々にしてすぐに飽きられてしまう。いや正論に飽きるという心性を倫理的な場に引きずり出す前に、京都議定書の発効を妨げるどこぞの超大国のエゴイズムとそれをも毅然と批判できないどこぞの島国の倫理を問うことの方が実は先決なのだが、市民道徳レヴェルの言説が愚劣な現実政治の言説の前では所詮きれいごとの〈正論〉へと追いやられ空虚化され、行動への意欲はますます削がれていくばかりだ。 反芻された〈正論〉に麻痺した感性にとって、世の中は一挙に劇的に滅亡する確率は低く、 集中治療室に入れられて徐々に徐々に、そして確実に〈悪化〉していくと受け止められ、そしてそれを(むこう30年の間に大地震が起こると予測されてもこれといって何も出来ないでいるように)なすすべもなく見守るほかはない、というように。 過去のように自然が美しくあることはもはやなく、過去のように空気が澄んであることはもはやない、というように。新しい世紀へと跨いで始められる仕事は旧世紀の〈近代〉の不良債権を清算する以外にない、というように。

だが、このような無気力なペシミズムがいかに偏狭な、ごく限られた人々、そう、僕たちのような島国人を典型とする特殊な場所のものでしかないことを、この1年は痛切に知らしめもした。そのことを本当に学び得たのであれば、まだしもこの地球に生き続けようという気力も湧いてくるというものである。だが、その気力はあまりにも〈悲劇的〉な代償の上に成り立っている。そして代償とはこういう場合、ほとんどは他者によって贖われているものなのである。それではその他者とは誰か。その他者によって僕たちのペシミズムが癒されているのだとしたら、ペシミズムの病根も思いの外に深いと見なければならぬ。


マーラーの第6交響曲を貫いている尋常とは思えぬ悲劇的な情熱、気力。それが作曲されてからほぼ100年経った現在、今まで以上に圧倒的なリアリティを持って迫ってくるのも、こうした他者の贖いに対して抱く近代的ペシミズム (その通り、近代は今もなおこれっぽっちも清算されていない) の罪責がどす黒い力能を備えて自らを責めさいなむ、そのような感性に僕たちが突き動かされるからではないだろうか。〈悲劇的〉という副題で知られるこの交響曲は4楽章で構成され、形式的にも彼の交響曲の中でも最も古典的な性格を持った作品だと言われている。最初の楽章では提示部の後に反復が指示されていさえする (反復が行われるのはマーラーの交響曲の中では他に第1番のみ) 。この古典的な形式にもかかわらず、初めて耳にする人は、この音楽の他に類を見ない異様さに戸惑い、震撼させられ、あるいは拒絶することになるかもしれない。その異様さ、もっと端的に言えば (伝統的な交響曲の形式をはみ出す内発的なフォルムの力を指し示す意味で)〈異形〉さをどのように言葉に置き換えることが出来るだろうか。

「悲劇的」という副題は作曲者に由来するようだが、デヴィッド・マシューズはこの交響曲の分析を始めるに際してマーラーをシベリウスと対比させ、ともにイ短調という調性を持ち、ともに《まぎれもなく〈悲劇的〉である》ことからシベリウスの第4交響曲を特に例示している( The Mahler Companion , Oxford, 1999. p366)。たしかにシベリウスの第4を〈悲劇的〉と呼ぶことは不自然ではない。だが、両者の悲劇の質は全くの正反対であろう。シベリウスの作品はトゥッティを最大限に抑制し、冒頭のチェロの主題のように溜め息や咽び泣きのようなモノローグが連綿と小節線を曖昧にし調性をも不安定にさせて継起していく音楽だ。そしてこれほど沈黙や〈間 (ま)〉を指向した音楽というものは古今かなり稀なものだと言ってもよいだろう。そしてなるほどこの作品を対比させることはそのままマーラーの第6の異様な性質をも浮き彫りにすることになるかもしれない。マーラーの第6にはシベリウスのようなソロ的な楽器の扱いはごく限られており、終始大音響のトゥッティにおいて際だっている。調性の拡散を指向するよりもイ短調のコードが運命のごとく支配する点でも対照的である (主音のA=ラの音のこの曲における意味深さについては本日のプログラムの高橋広氏の注を参照されたい) 。沈黙や〈間〉をこの作曲家も後に『大地の歌』や第9交響曲で探求することになるとはいえ、第6に関しては、これほど沈黙や〈間〉が入り込むことを 恐れる 音楽というものも珍しいと言わなければならない。沈黙と叫喚。シベリウスの第4もマーラーの第6も聴き手に極度の緊張を要求するが、それゆえその緊張の質も全く異次元に属することになる。


人の呼吸や筋肉運動などのフィジカルな運動と同じく、音楽作品、就中、交響曲のような時間的にも規模の大きな作品では、緊張と弛緩の交代が作品の構成の要件となることが少なくない。緊張の持続の後にはエネルギーの解放 (消費=放出) が期待され、それは美学的には昇華 (カタルシス )と位置づけられる。この緊張と弛緩の交代のゆえに音楽の原理は性的な欲望 (禁欲と恍惚) あるいは宗教的な法悦になぞらえられもするわけだ。だが、マーラーの第6交響曲は第3楽章の (一時作曲家はこれをスケルツォと入れ替えて第2楽章に移したこともあった) アンダンテ・モデラートを除いてエネルギーを絶えず補給 (リサイクル )しながら、緊張の持続を最後まで強いようとする。全曲のコーダにあたる部分でトロンボーン群を主体とする葬礼のコラールが20数小節にわたって続き、変型されてバスとチェロによって繋げられるが、たしかにこの部分にはエネルギーを使い尽くした完全な脱力 (恍惚を見出し得ぬナルシズムの解放) が見られる。だがそれも、その後に待ち受けるフォルティッシモの最後の一撃を導く、全曲における緊張の極点を導くための弛緩でしかない。

今までは聴き手としてこの作品に接してきたが、それにしたところが何回も繰り返し聴くことが出来るような音楽ではない。絶えざる緊張、そして打ちのめされ奈落に突き落とされるような自己否定のエネルギー。通して聴けば途方に暮れて疲れはてる。僕の場合この曲を最初に聴いたのはいつだったか、ともかくFMで放送されたベルリン芸術週間だったかのマゼールとベルリン放送交響楽団 (現ベルリン・ドイツ交響楽団) による演奏だったことは間違いない。まだマゼールがクリーヴランドに移る前の演奏だったと思うが、冒頭からその異様さに衝撃を受けたことは今でも忘れがたい。この曲のイメージが僕の中で作り上げられた演奏だったが、それはひとえに冒頭からの低弦と打楽器による4拍子の行進曲のリズムの刻みに負うところが大きかった。行進曲といえば第3交響曲の第1楽章を思い起こさないわけにはいかない。また、葬送行進曲のスタイルは1番と5番の交響曲ですでに印象深く用いられていた。だが、6番では行進曲のリズムが音楽の性格の核心を成している。それはスケルツォの変則的な3拍子のリズムにも引き継がれ、終楽章もその骨格は長い一続きの行進であると見なせよう。アルマ・マーラーを介して僕たちが知る作曲家の言葉《英雄は三回にわたって運命の打撃を受けるが、その最後のものが、彼を樹のごとく打ち倒す!》 (マルク・ヴィニヤル『マーラー』海老沢敏訳より引用。尚、一般の改訂稿では終楽章におけるハンマーの使用は2回に減じられている) にあるように、ハンマーをも用いた強烈な一撃(Schlag)によって行進が断たれ、〈英雄〉は倒れる。この解釈に従えば、行進とは作曲家 (英雄) のセルフ・ポートレートそのものの象徴ということになる (6番に先だって作曲されたリヒャルト・シュトラウスの『英雄の生涯』との滑稽なまでの対照) 。因みにいえば最初のハンマーの使用の箇所にスコアには《金属的な性質のものではない 、短く、力強い、しかし鈍く響く一撃》 (下線強調原文) と記され、 付加的に‘wie ein Axthieb’ (斧を振り下ろすように) と念入りに指示されている。

だが行進曲が暗示するものは、そのような個人的な (自己否定の) イメージだけではないだろう。6番の行進曲の原型にマーラーの『不思議な子どもの角笛』の最も後期の歌曲「少年鼓手」「死んだ鼓手」があることはしばしば指摘されるところだが、マルク・ヴィニヤルはこれらの歌曲のテクストの背景にドイツを荒廃に陥らせた三十年戦争の記憶があることを的確に示唆している。三十年戦争はマーラーにとっても250年以上も前の戦争であったが、戦場の地域によっては大半の人口を失ったという、いわば〈最終戦争〉の様相を呈していた。ドイツ・ロマン派の芸術に垣間見られる戦争の傷跡の記憶は彼岸への憧憬というかたちに昇華しているが、マーラーの中ではその他の歌曲も含めて生々しい表象に直結している。ヴィニヤルが指摘するように「死んだ鼓手」のモチーフはベルクの『ヴォツェック』の軍隊の行進にも引用されることになる。マーラーは第一次世界大戦もハプスブルク帝国の崩壊も知ることなく世を去ったが、その衣鉢を受け継いだベルクの1920年代の歌劇には当然同時代的に世界大戦の陰影が落ちている。そう、上段から下段までびっしり音譜が書き込まれた第6交響曲のスコアとは、まさに〈総力戦〉の時代の一つの表象に他ならないのだ。


今回はじめてこの交響曲を演奏する立場になって思い知らされたのが、実はこの〈総力戦〉の表象としての音楽の性格である。最後まで休みらしい休みもなく、絶えず駆り立てられるように難解なパッセージを演奏することを要求され、それが終楽章だけでも30分も続くのである。恐らく他のパートにも同様のことがあろうと思われるが、僕のパートでは音域的に最低音 (以下!) からほぼ最高音まですべてのスケールの音を使い切っている。 (おかげで仕事が立て込んでいるときの練習では文字通りぐったりと疲れ果てる仕儀となり、あえて恐れずに告白すれば、この曲を通して演奏すること自体、少なくともアマチュアの僕にとってはほぼ苦行に等しいようなエネルギーの消耗を伴っていた……。) どのセクションもソロらしいソロがあるわけではなく、オーケストラが一丸となってトゥッティを響かせなければならない。団員の個性の前に集団としての能力とパワーが期待されている。もちろんそれはアンサンブル一般に共通する大切なことがらなのだが、マーラーの6番が要求する水準は並大抵のものではないことはやはり強調しておくに足る。終楽章の展開部、最初のハンマーの一撃の後の行進曲でマーラーは鞭(Rute)を打楽器奏者にたたかせる。この鞭は主題的には死の行進を暗示しながら、オーケストラの演奏者をもVorwärts!(前へ!) とむち打っていると感じられたのは僕だけの錯覚だろうか。

クルト・ブラウコプフは6番ほかの中期のマーラーの交響曲が、ピアノ・スケッチをもとにした (言い換えればピアノ音楽の延長上に管弦楽が構想されるような) 書法から脱却している点に注目している (『マーラーあるいは未来の同時代者』) 。マーラーは自らピアノを弾いて自作の交響曲の一部をピアノ・ロールに記録して、それは今も聴くことができるし、彼のほぼ全ての交響曲は様々な作曲家によってピアノ連弾用に編曲されている。僕は未聴だが、6番はツェムリンスキーによって編曲されている。だが、およそピアノによって総譜に書き込まれた厖大な音の集積を代用することなど不可能で無意味に近い(これらの連弾編曲は録音技術のない時代のレコードの代用であった) 。例えばシューベルトの交響曲はロマン主義の残した高峰の一つに違いないが、その親密さ( インティマシー )は彼のピアノ・ソナタや室内楽などのサロンの世界を根拠とする音楽と連続的に繋がっている。シューベルトの晩年の大作、弦楽五重奏曲が同じハ長調の彼の最後の交響曲に匹敵する巨大さを含んでいることも逆に成り立つのだ (最近ピリオド楽器で録音されたフェステティーチ弦楽四重奏団とクイケンによる演奏がその巨大さと親密さの両義的世界を余すところなく表現することに成功している。ぜひ一聴をおすすめする)。マーラーの交響曲には巨大なホールと大規模な楽団と大人数の聴衆、すなわちMasse (集団・群衆) を基体とする社会の成立が必要条件とされたのであって、彼が一時期地位を獲得したオペラ・ハウスはまさしくその頂点に位置していた (ウィーン宮廷歌劇場総監督の地位とは間違いなくハプスブルク帝国の文化的権力の頂点を示していた) 。そしてこのMasseがメディアと世界戦争の形成の前提でもあったことは論をまたないだろう。

第1次世界大戦がきわめて深刻な傷跡を残し、それが様々な文芸に反映していることは例えばイギリスに限ってもエリオットの『荒地』に限らず多くの例を見出すことが出来る。だが、ユダヤ人であったマーラーの類縁に関してはやはりそれに引き続くナチズムによるホロコーストが重大な関心の対象となってくる。彼の遺族の関係者には強制収容所で命を落とした者もいたわけだし、大半は亡命を余儀なくされた。マーラーが第6交響曲のハンマーに仮託した斧(Axt)のイメージには、〈根絶〉(=根(Wurzel)を絶つ) という意味が含意されているかもしれない。もちろんこの曲が数十年後の〈終末〉を終末論的に預言していたなどと考えるべきではない。ただ、マーラーが総譜に書きとどめた管弦楽のテクストと、それを再現する社会的なコンテクストが否応なしにそのような終末を予感させてしまう、そのことだけは確かなことのように思われる。彼が人種的・宗教的また文化的出自において典型的なマージナル・マンであったことも、そのことと無関係ではないはずだ。


僕はいま2001年が暮れていこうとする中でこの文章を書き終えようとしている。やはり「あの日」以来の出来事の数々を思いやりながら。テレビで超高層ビルが燃えている。瞬く間に隣のビルが微かに映った機影とともに爆破される。そして崩れ落ちる。その国の政府は「あの日」を「愛国者の日」とか名づけたそうだ。その国の政府は何事にも名づけることが好きだ。「砂漠の荒鷲」「至高の正義」……。テレビはビルから落ちていく人も映した。逃れて来る人々の恐怖も映した。そしてそのテロリズムと差別化するためにその国の軍隊は自らが行おうとするテロリズムを「新しい戦争」と名づけた。「戦争」という名のテロリズムがそして、最も富める国によって最も貧しい国に対して開始された。その国の軍隊の報道官は空爆のモニターを見てのうのうと言い放った。この間に人が映っています。それが標的となりました。そしてその映像はとても「ユニークです」と。しかしテレビで人影はよく見えない。その国で崩れたビルの映像と人々の苦悶をテレビは映した (そして爆破の映像は放送禁止になり、完全に堕落したその国のマスメディアは自己検閲を自発的に開始した) 。だが、最も貧しい国の兵士の顔はけっして映し出されることはない。それはモニター越しにしか存在しないMasseの一部でしかないからだ。ある一人の事件の被疑者を捕まえるためにその国は札束をちらつかせ食糧の袋をどさどさと投げ落とし、そして無数の洞窟を爆破し、今もなおその男を捕まえられずにいる。そのアナクロな西部劇のためにどれだけの代償が、無実な命が、単なるMasseとしてその最も貧しい国から失われたか、その超大国の少なからぬ国民は考えを及ぼそうとしない思考停止状態にある。街には国旗が氾濫し、学校では国家への忠誠が教えられ、国籍を持たぬ〈外国人〉は収容所に入れられる恐怖を現実のものとしつつある。国民主義の蛮行、文明という名の野蛮。

なぜこのようなことをマーラーの音楽にことよせて僕は書くのか? 技術的にはあまりにも未熟ながら、今日ここで musizieren する一人の人間としてのこれが僕の態度表明だからだ。音楽は舞台の上だけでは終わらない。ハンマーの一撃は鈍い響きを立ててホールに消えてしまうのだろうか。その一撃はある種の〈暴力〉であるがゆえに、〈暴力〉の使命を全うすべく余韻をとどめねばならない。だが誰に向けて?
(2001年12月)