坪井 秀人
 


リヒャルト:やあヨハン、君も来てたのか。こんなところで会おうとはね。どうだい、最近は。元気でワルツを書いてるかね。あの世でも随分お盛んだと言うじゃないか。

ヨハン:おうリヒャルト、お前ものこのここんな極東の片田舎にやって来て、いったいどんな料簡でえ。ははあ、てめえの書いた「アイン・リーベンデール」……じゃなかった、「アイン・ヘルデン・レーベン」(「英雄の生涯」)か、そいつを極東の若者がやってくれるってんで、いそいそとやって来たな。相変わらず殊勝なこった。

リヒャルト:「極東極東」って言葉が悪いじゃないか。いまや日本はいっぱしの文化国家だぜ。知ってるかい、この名古屋でも僕のオペラだって上演されてるんだ。君のワルツだって正月んなりゃそこらじゅうでかかってる。名古屋にはね、なんと「ウィーン」なんていうカフェまであって、そこに行けば君の曲が飽きるほどながれてるんだぜ。

ヨハン:知ってるともさ。日本人は俺のワルツが好きなんだ。踊れもしねえくせによ。しかしよ、あれはなほんとは日本人には無理だよ。三拍子ってなあからっきし駄目だね。ブンチャッチャじゃねえんだよ。ブ・チャッチャなんだがなあ。何せ2,000年も米食ってた国民だからよ、脱穀のりズムになっちまうんだ。やっぱりヴィーンでなくっちゃあね。なにしろさ、こちらじゃ「ウインナーコーヒー」などとのたもうだろ。ありゃあ気色わりいじゃあねえか。コーヒーん中によ、まるでウインナーソーセージが入ってるみたいだ。大体なんだい、今日のオーケストラの名前ってのは。「ムジークフェライン」……笑わせるじゃねえかい。いったいどこのどいつが命名しなすったんだい。えっ?

リヒャルト:やけに今日は絡むね。ヨハン。新しいワイン(ボジョレー・ヌーヴォー)の飲み過ぎじゃないかい。この名前は確かに俺たちの街ウィーンの誇るホール、ムジークフェラインザールからとったんだと思うよ。でもさ、「ムジークフェライン」てのは、「ミュージック・フレンド」つまり「音楽の友」っていう意味だろ。素敵な言葉だよ。なにも俺たちウィーン人だけが独占するわけにもいくまいよ。それにね今や国際社会の時代だろ、いつまでもローカルカラーで生きていくことも出来ないさ。音楽はいわば国際語だろ、それを言うのにこれほど相応しい名前はありゃしないじゃないか。

ヨハン:そりゃそうよ。お前みてえなヴィーンの裏切り者にゃあそう言われたって仕様がねえ。

リヒャルト:裏切り者とは、聞きづてならぬことを仰るじゃないか。俺の「ばらの騎士」聴いてくれただろ。君の好きなワルツだってことかかない。あんなにウィーンの匂いがぷんぷんしてる音楽は君の後には俺しか書けてやしないじゃないか。洒落にもならないが、ウィーンとザルツブルグの間を走ってる国鉄の特急の名前を知ってるかい。「ローゼンカヴァリエ」ってんだぜ。俺がいかにウィーンでオーストリア人に愛されてるかがわかるってもんだ。

ヨハン:何を言う。お前はミュンヘンに行ったりあっちこっち行ってふらふらしてたじゃねえか。それによ、「サロメ」だの「エレクトラー」だのと薄気味悪りいオペラをつくって民心を腐らせたなあどこのどいつだい。「七つのヴェールの踊り」なんてな、おどろおどろしい伴奏で女がストリップやるようなもんじゃねえか。そんな自堕落な音楽を俺ぁ許しちゃおけねえんだ。

リヒャルト:ヨハン、ジェネレーション・ギャップというのは我々のことを言うんだよ。君はやっぱりね、世紀末の手前のひとなんだからね。無理もない。俺たちはね、ひとつの時代の終わりに、伝統というものに離別状をたたきつけて新しい芸術の可能性に賭けたんだ。俺たちの実験がなかったら二十世紀の音楽なんて生まれなかったんだしね。

ヨハン:へん、しゃらくせえ。この青二才がよ、よくも言ってくれるじゃねえか。「世紀末」とは何者だい。「俺たち」ってなあ、あのマーラーとかプフィッツナー、ツェムリンスキーだののことを言ってるんだろ。要はだなあ、おめえら、世の中終わりになっちまうからいやだよおー死にたかねぇよーって泣きごと言ってるだけじゃねえか。いいかリヒャルト俺みたいにな、聞いて踊って気持ちよーくなる音楽を、民衆のさ、ちっぽけな幸福でいいんだ、そいつを美しく美しく代弁してやって、すかっとしてもらうことがな、大切なんだ。カタルシスだよ、カタルシス。

リヒャルト:意味を取り違えてるんだよ、ヨハン。カタルシス(浄化)ってのは悲劇が先行するんだよ。俺だってカタルシスを書いたんだぜ。「死と浄化」があるし、「変容」もそうだ。それにな二十世紀になってわかったんだが、俺たちの作った音楽ってのはこれは普遍的なんだなあ。名古屋に来る前に東京の池袋のセゾン美術館で「ウィーン世紀末」展というのを観てきたよ。セゾン美術館の開館記念でじつに大掛かりなものさ。こういうぐあいに俺たちの世紀末が1990年の今日に迎えられてるんだよ。もうすぐ二十―世紀だろ。おんなじ「世紀末」さ。現代人は悲劇を求めてるんだよ。しかも新しい解釈が十九世紀の世紀末を二十世紀の世紀末に塗り変えていく……君のカイザーワルツだってシェーンベルクとかあの連中が新しく面白く編曲してるはずだろ。この「変容」こそが芸術の生命ってもんじゃないか。

ヨハン:うーむ、なかなかしぶといな。つまらねえ駄洒落はよしとして、お前の「変容」は、あいつは確か戦争のときに山に篭もって書いたやつだったな、あれは俺も好きだぜ。だけどあれは、それにお前の「ばらの騎士」も「ナクソス島のアリアドネ」っていうパントマイムみたいなのも、みんな後ろ向きだろうが。それじゃ俺と何にも変わりゃしねえ。古き良き雅びな時代への郷愁ってやつだろ。お前の変わり身の早さにゃ、ほんとあきれるぜ。それが今たたってるんだぜ。お前の同僚のマーラーを見ろ。あいつに対する現代のちやほやぶりはどうだい。九つの交響曲と歌をちょこっとばかし書いただけであんだけ儲かってんだ。それに比べてお前はなんだい。いっときはオーディオ路線にのっかって「ツァラートゥーストラー」とかいうドンチャンドンチャンがもてはやされたけど、あれっきりだろうが。歌も書きオペラも協奏曲も書き交響詩も書いてあれもこれもとやっちまったからあきられちまった。「家庭交響曲」とかいうのもありゃなんだい、てめえの女房との寝物語だろ、それに「アルプス交響曲」てのはあれは観光案内かい。今夜の「英雄の生涯」だってふざけんじゃねえよ。ありゃ「てめえの生涯」だろうが。そうだこの間鬼籍にはいって俺たちのところに頭下げにきたあのカラヤンっていうギリシャ人の指揮者。あいつの二回目の「英雄の生涯」の録音、覚えてるだろ、ありゃとびきりすげえ演奏だよ(俺のワルツをやらすととんでもねえ演奏をやりおったがね)。あのジャケット写真な、あすこであいつが真っ黒なレザーのスーツかなんか身につけちゃってこっちをぎらぎら見てやがんの。ありゃな「これはカラヤンの生涯でござい」って言ってるようなもんだ。ナルシズムたあこのことだ。いいかいリヒャルト、そこへいくと俺はな、生涯、いいかい「生涯」だぜ、ワルツばっかり書いて書いて書きまくった。この自己限定のいさぎよさってのをだな君達にもだな、学んでもらいてえんだよ。

リヒャルト:言いたいことは言い尽くしたかい、ヨハン。もう開演も迫ってる。ひとつだけ言っておくけどね、つまりね、僕と君とは同じパンの種から生まれた親戚なんだ。それが時代によってね、こうも違ってしまうかってことに今更ながら驚いてるよ。僕は「流行」を生きた。そこに普遍性が残された。それで僕は満足さ。君は……君はいつも「不易」を生き続ける。変わらないってことも、いや変わらないからこそ、なるほど美しい。

ヨハン:俺にもひとこと言わせろよ。俺だってそうなんだ。「美しく青きドナウ」だなんて、今の現実のドナウ川は美しくも青くもない、うすぎたねえ排水や汚物も流れてくる、きったねえどぶ川さ。「皇帝円舞曲」ったって、いまさらカイザー(皇帝)なんていやしめえ。俺の音楽だけ残ってる。俺もなこのごろ「不易と流行」ってことを身に参みて思い知らされてるというわけさ。

リヒャルト:「不易と流行」か……。ヨハン、開演のベルが鳴っている。今夜の演奏が「不易」か「流行」か、じっくりと聴かせてもらおうじゃないか。じゃあまた後で。
(1990年2月)