■夏だって実は音楽シーズン
ヨーロッパの音楽シーズンは、9月に始まり、6月に終わる。6月にシーズン終了コンサートが華々しく開催された後は、音楽家達は2ヶ月ほどの長い夏休みに入ってしまう。といっても、夏の間、音楽なしで暮らさなければならない、と嘆くことはない。シーズン終了は、夏の音楽祭の始まりでもある。ちなみにチケット争奪戦は既に終了していて、ミュンヘンの夏のオペラフェスト(オペラ祭)だと、雪の降る1月の週末に長い列に並ぶことになる。そんな苦労をしてチケットを確保するのもいいけれど、ミュンヘンには無料野外コンサートがある。ミュンヘンのオペラフェストの中に、"Oper für alle"(皆のためのオペラ?)というのが2回ある。1回目はマーラーの交響曲3番、2回目は「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のライブ、両方とも指揮はズービン・メータ、会場は劇場でもホールでもなく、バイエルン歌劇場近くの広場だ。

■メータのマーラーを広場で聴く
マラ3を聴きに行ってみる。広場の奥に仮設舞台と数個の巨大スピーカー、そして左右にはビールとプレッツェルの屋台が。。。階段や舞台に近いところで座っている人達もいるが、ほとんど立ち見だ。演奏が始まると、「バイエルン歌劇場管弦楽団&メータのマーラーだ」と感動する部分もあるが、やはり野外、時々、マーラーのフルートのフレーズかと思うような野鳥のさえずりが入るのはともかく、車の走る音に邪魔されることもある。ピアニッシモになると、弦楽器の微かなトレモロは、巨大スピーカーからは聴こえない。ここでの主役はマーラーでも音楽でもないのだ。でも、それが不快でないのは、こんなコンサートを無料で開催してしまうミュンヘンの行政府の懐の深さと、音楽の裾野の広さと、それから心地よいミュンヘンの夏を目一杯感じ取れるからかもしれない。

■ヤガイ・タチミ・ときどき雨・マイスター
「マイスタージンガーのライブ」を観に広場に行くと、今度は巨大スクリーンが設置されている。劇場内で上演するオペラをライブ上映するのだ。特等席はカフェテラスだが、既に埋まっている。毎年そうしているのだろうか、折りたたみ椅子を用意して歩道に座っている老婦人もいる。「マイスタージンガーはミュンヘンで初演されてから○万人が観ていることになります」などという挨拶の後、有名な前奏曲が奏される。新演出での舞台設定は教室の中らしい。豪奢な劇場の中で観るのと、野外で立ち見でスクリーンで観るのとは、オペラは全く別物、という気がする。舞台のどこを観るかも、カメラに誘導されてしまう。が、しばらく観ているうちに、映画を見ているような感覚に陥り、目の前で進行するストーリーにだんだん惹きこまれていく。時折、足が痛いことに気づく。天気も不安定で時々雨もぱらつくが、ミュンヘン市民は傘を差したり差さなかったり、そのままスクリーンを見入っている。終幕まで立ち見する体力はなく、1幕で退散したが、最後には出演者が劇場から出てきて、広場のお客様にご挨拶したのだそうだ。

もちろんオペラもマーラーも、音響のよいホールで聴くのが最高だけれど、こうした野外ライブが音楽への導入となって、クラシックに疎遠な人達をも劇場に呼び寄せているのだろう。事実、バイエルン歌劇場はいつも、席は満席、立ち見客で一杯だ。

文と写真 篠原 智子

 
 
篠原 智子
当団楽団員・ヴァイオリン奏者
ミュンヘン特派員
 

■目次
2003/12 ミュンヘンのクリスマス
2004/3 3+6×3の世界
2004/6 ミュンヘンの春
2004/10 皆のためのオペラ
2005/9 シノハラ、ザルツブルクに行く